等級制度とは..

等級制度を設計するときに、最初に考えるべきこと

人事制度の設計を依頼されたとき、クライアントが最初に聞いてくるのは、たいてい同じ質問です。

「職能等級がいいのか、職務等級がいいのか、それとも役割等級か」

もちろん、その問いは大切です。でも、私がコンサルタントとして正直に申し上げると、制度類型の選択に最も時間をかけるべきかというと、そうではありません。実際に泥沼にはまるのは、そこではないのです。

本当に時間をかけるべきは、もっと手前にある問いです。「この会社は、等級制度によって何を管理したいのか」。これを曖昧にしたまま設計を始めると、どんなに整った制度も、運用の中で必ずほころびが出てきます。


等級制度は、組織図の「裏側」にある

そもそも、等級制度とは何でしょうか。

企業は事業を行うために組織を形成します。そして組織とは、業務を行うための人の配置です。等級とは、その組織を管理するために、人の責任と権限をどのように配置するかを決める仕組みです。

日本企業でよく目にする組織図は、実はこの二つを鳥瞰的に示したものです。単なる部署名や報告ラインではありません。人の配置、責任範囲、権限の階層、そして組織運営上の秩序が、あの一枚の図に凝縮されています。

最新型のHRISでも、日本企業の組織図をそのまま再現できるものは少ない。それは、あの組織図が単なる図ではなく、高度な責任と権限の配置図だからです。等級制度とは、その組織図の裏側にある「配置ルール」だと私は考えています。


等級が担うのは、分類ではなく「問い」への答え

等級制度は、人をいくつかの階層に分けるだけの仕組みではありません。報酬、職責、職務権限、登用、評価、育成、組織上の立場——これらすべてが、等級という軸に結びついています。

たとえば、こんな問いに答えるのが等級制度です。

ある等級の人には、どの程度の責任を期待するのか。どの範囲まで意思決定を任せるのか。その責任に対して、どう報いるのか。そして、上の等級に上がるということは、単なる処遇の変更なのか、それとも将来の経営人材として期待するという意思表示なのか。

これらを曖昧にしたまま設計すると、制度は形だけ整っても、運用の現場では「結局どう使えばいいのか」という混乱が生まれます。長くこの仕事をしていると、そういうケースを何度も見てきました。


設計の前に、三つのことを明確にする

私がプロジェクトの冒頭で必ず確認するのは、次の三点です。

ひとつ目は、目的です。 なぜ今、等級制度を見直すのか。報酬体系を整えるためなのか、中途採用者を適切に処遇するためなのか、管理職の責任を明確にするためなのか、頻繁な組織改編に耐えられる仕組みを作るためなのか。目的によって、制度の性格はまったく変わります。

ふたつ目は、機能です。 等級制度に何を担わせるのか。報酬だけなのか、職責や権限まで含めるのか、昇格・降格、任用、評価、人材育成まで連動させるのか。あれもこれもと盛り込もうとするほど、制度は複雑になり、運用が重くなります。

みっつ目は、文書化の範囲です。 等級定義だけ作ればよいのか、それとも職務記述書、役割定義、職務権限規程、賃金規程、評価基準、昇格基準まで整えるのか。文書として明文化する範囲が広がるほど、整備のコストも管理のコストも上がります。

この三つを確認しないまま「どの制度がいいですか」という議論に入っても、答えは出ません。


制度は、理想ではなく制約の中で生まれる

もうひとつ、クライアントに正直にお伝えしていることがあります。人事制度の設計において、設計者が自由に理想形を描けることは、実はそれほど多くない、ということです。

中途採用が増え、従来の内部昇格を前提とした給与体系では外部人材を処遇できなくなっている。経営統合で二つの会社の制度を一本化しなければならない。事業部を切り出して新会社を立ち上げる。頻繁な組織改編が必要で、それに耐えられる制度が求められる。

こうした経営環境上の制約が、制度の方向性を大きく規定します。人事担当者の思いやコンサルタントの理想だけでは、制度は設計できません。事業特性、労働市場、組織構造、既存社員の処遇、労使関係、そして経営者がどういう人材を登用したいかという意思——これらすべてが制約条件です。

一方で、柔軟な制度が常に良い制度だとも思っていません。学校や公共性の高い組織のように、安定性や継続性が重視され、年功的な運用に一定の合理性がある場合もあります。制度は、その組織の文脈の中でしか評価できないのです。


三つの制度、それぞれの素顔

こうした前提を踏まえたうえで、主要な三つの等級制度について整理してみたいと思います。

職務等級――責任と報酬を、ポジションに紐づける

職務等級は、人ではなくポジションそのものの価値に基づいて等級を決める制度です。グローバル企業のJob Gradeは、実務上はCompensation Grade、つまり「その職務が報酬市場のどの水準にあるか」を示すものに近いと考えるとわかりやすいかもしれません。

この制度では、個人が偉いから等級が高いのではありません。担っているJobの責任範囲、影響度、専門性、意思決定の大きさによって等級が決まります。

中途採用や専門人材が多い会社にとっては、外部労働市場との接続がしやすく、「なぜこの処遇なのか」を説明しやすいという大きな利点があります。

ただし、機能させるには相応の組織能力が必要です。職務記述書、Job Architecture、職務評価、報酬レンジ——これらを整備し、継続的に管理できる体制がなければ、制度は機能しません。また、頻繁に組織改編が行われる会社や、ゼネラリストとして複数部門を経験させながら育てる日本型の人材育成とは、相性が難しい面もあります。

役割等級――柔軟さを武器に、ただし曖昧さと隣り合わせ

役割等級は、その人に期待される役割の大きさに基づいて等級を決める制度です。ただし、これには決まった定義がありません。会社によって運用の実態はさまざまで、管理職未満では職能資格等級に近く、管理職以上ではJob型に近い運用になっているケースも多く見られます。

最大の魅力は柔軟性です。Jobを細かく定義しなくても、現在その人にどの程度の責任を任せるのかによって処遇を考えられます。ゼネラリスト育成ともなじみがよく、固定給の等級間格差を抑えながら賞与で役割・成果責任の差を反映する設計にすれば、抜擢人事もしやすくなります。

ただし、この柔軟さは、そのまま曖昧さにつながるリスクでもあります。「役割が大きい」という言葉で、「優秀だから」「辞められると困るから」「ポストはないが処遇したいから」をすべて説明できてしまうと、制度は形骸化します。管理職層については、担う組織範囲、意思決定の範囲、変革責任、人材育成責任といった要素を、ある程度言語化する必要があります。

役割等級は、日本企業にとって現実的な選択肢です。ただし、それは職務等級への妥協案ではありません。経営がどのような人材に、どのような役割を託すのかを明確にする制度として設計されなければ、意味がありません。

職能資格等級――かつての合理性と、今の限界

職能資格等級は、個人が業務に必要な知識・技能・経験・スキルを身につけたことを社内的に認証し、その資格に基づいて処遇や役職任用を行う制度です。

この制度を「古い」と一言で切り捨てるのは、少し乱暴だと思っています。長期雇用を前提に、社員を育て、経験を積ませ、一定の水準に達した人を管理職として任用する——そういうピラミッド型組織では、非常に合理的に機能していました。経済が右肩上がりで、事業環境が安定していた時代の産物として、制度の論理は一貫していたのです。

問題は、その制度を支えていた前提が変わったことです。

資格は人に帰属し、一度上がると下がりにくい。事業成長が鈍化し、ポストが増えなくなると、課長級の能力を持つ人材は増えても課長ポストは増えない、という矛盾が顕在化します。中途採用が増え、専門人材の市場価値が高まり、定年延長が進む中で、資格を人に固定する仕組みは運用が難しくなっています。

制度そのものが悪かったのではなく、時代が変わったのです。


問われるのは制度名ではなく、「何を管理するか」という覚悟

三つの制度を比べてみると、結局のところ、どれが優れているかという問いに意味はないことがわかります。

職務の価値を管理したいなら、職務等級。人材を長期育成し、安定的に任用したいなら、職能資格等級にも今なお合理性がある。職務を固定せず、現在の責任や役割の大きさを処遇に反映したいなら、役割等級が現実的な選択肢になる。

ただし、どの制度を選んでも、最終的に問われるのは制度名ではありません。

会社は、何を等級で管理するのか。報酬なのか、職責なのか、権限なのか、登用なのか、育成段階なのか、将来の経営人材なのか。

この問いに答えを出せないまま制度を設計しても、それは形だけの制度です。そして、形だけの制度は、運用の中で必ずほころびます。私がそれを見てきた数だけ、この確信は深まっています。

等級制度とは、人を分類する仕組みではありません。経営が誰に何を託し、その責任にどう報いるのかを、組織の中に実装する仕組みです。だからこそ、設計の入口で問うべきことは、制度類型の選択ではなく、「この会社は何を管理したいのか」という、もっと根本的な問いなのです。