グローバル報酬制度とは何か
「グローバル報酬制度」という言葉は、日本企業では比較的よく使われる。
しかし、外資系グローバル企業の実務では、日本企業が想像するような「世界共通の詳細な報酬制度」は、必ずしも一般的ではない。
もちろん、グローバル企業にも報酬に関する方針やフレームワークは存在する。
たとえば、グローバル等級制度、賞与方針、株式報酬、福利厚生の基本ガイドライン、海外赴任者の処遇ルールなどである。
しかし、それは各国の給与水準、手当、社会保険、税務、退職金までを本社が一律に決めるという意味ではない。
報酬は、原則としてローカルで支払われる。
そして、そこに適用される税金、社会保険、労働法、福利厚生の仕組みも、多くの場合は現地の制度に従う。
そのため、巨大化したグローバル企業において、各国社員の報酬を本社が個別に管理しようとすることは、実務上は過度なマイクロマネジメントになりやすい。
では、外資系グローバル企業では、報酬をどのように管理しているのか。
一般的には、ローカルで管理される項目と、グローバルで管理される項目を分けて考える必要がある。
ローカルで管理される項目
ローカルで管理されるものは、主に各国の労働市場、法制度、税務、社会保険制度に強く依存する項目である。
- 基本給の水準
- 各種手当
- 賞与の実際の支給額
- 給与の支給方法
- 福利厚生
- 社会保険
- 退職金制度
特に基本給は、グローバル等級に紐づいていても、実際の水準は各国のマーケットデータをもとに決定されることが多い。
同じ等級であっても、日本、米国、シンガポール、インド、ドイツで同じ給与水準になるわけではない。
報酬は、あくまでローカルマーケットの中で競争力を持つ必要があるからである。
グローバルで管理される項目
一方で、グローバルで管理されるものは、主にガバナンス、整合性、公平性に関わる項目である。
- グローバル等級制度
- 報酬方針
- 賞与やインセンティブの基本設計
- 福利厚生の基本ガイドライン
- 株式報酬
- 海外赴任・拠点間異動に伴う処遇
- 出張旅費、宿泊費、交際費などの基本ルール
ここで重要なのは、グローバルで管理されるものの多くは「詳細な制度」ではなく、「考え方」や「判断基準」であるという点である。
たとえば、福利厚生についてグローバルガイドラインがあったとしても、実際にどのような休暇制度や保険制度を設けるかは、各国の法制度や慣行に合わせて決定される。
日本では年次有給休暇について法律上のルールが明確に定められている。
そのため、グローバル企業で一般的に見られるSick Leaveのような制度を、日本でそのまま別制度として導入する必要がない場合もある。
つまり、グローバルガイドラインとは、全世界で同じ制度を導入するためのものではない。
何を共通化し、何をローカルに任せるのかを明確にするためのものである。
グローバル報酬制度の目的は、予算管理だけではない
グローバルで報酬に関するルールを整備する目的は、単なる予算管理ではない。
むしろ重要なのは、ガバナンスである。
なぜ支払うのか。
なぜ支払わないのか。
誰に、どのような基準で、どのような報酬機会を与えるのか。
この判断基準を明確にすることで、国や拠点による不合理なばらつきを抑え、公平性を確保し、不正や例外処理の拡大を防ぐことができる。
財務的には、最終的に各国拠点の人件費はP/Lに反映される。
したがって、総人件費やヘッドカウントコストは、FinanceやFP&Aの管理対象になる。
一方で、人事が本社から各国社員一人ひとりの報酬決定を細かくモニタリングすることは、必ずしも現実的ではない。
人事が見るべきなのは、個別の金額そのものよりも、報酬決定の基準、権限、プロセス、例外管理である。
なぜ日本企業は「グローバル報酬制度」にこだわるのか
日本企業がグローバル報酬制度に強い関心を持つ背景には、日本型のマネジメント慣行がある。
日本企業では、管理職や拠点長が自ら部下の給与を決定する経験を十分に持たないまま、海外拠点のマネジメントを担うことが少なくない。
日本国内では、報酬は人事制度、人事部、賃金テーブル、評価会議によって、かなり中央集権的に管理されてきた。
そのため、海外拠点において現地マネジメントが報酬決定の裁量を持つことに不安を感じやすい。
その結果、本社がグローバル報酬制度を整備し、海外拠点の報酬決定を統制しようとする。
しかし、ここで注意すべきは、本社の役割である。
本社が見るべきなのは、海外現地法人の個別給与そのものではない。
本社が確認すべきなのは、事業計画、人員計画、総人件費、報酬決定の権限、そして例外管理の仕組みである。
特に本社人事部門の役割は、各国の報酬を細かく決めることではない。
基本方針、すなわちGuiding Principleを定め、それを各国に周知すること。
実行に必要な支援を提供すること。
そして、例外事項への対応方法をマネジメントスキームの中に落とし込むことではないかと考えている。
では、どのような基本方針を定めるべきか。
グローバル報酬制度の本質は、すべてを本社で決めることではない。
本当に必要なのは、次の四つを明確にすることである。
- グローバルで共通化すべきもの
- ローカルに委ねるべきもの
- 本社または事業ラインの承認が必要なもの
- 例外事項をどのようにエスカレーションするか
この方針を定めないまま、給与テーブル、手当、福利厚生、賞与制度の詳細設計に入ると、グローバル報酬制度は過度に細かくなりやすい。
その結果、本来はローカルで判断すべき事項まで本社承認となり、現地マネジメントの責任も曖昧になる。
グローバル報酬管理で重要なのは、本社がすべてを決めることではない。
本社が判断軸を示し、現地が合理的に判断できる状態をつくることである。
グローバル報酬制度に必要な視点
職務給やグローバル等級制度が浸透すれば、日本企業の報酬管理も徐々に欧米企業型に近づいていく可能性はある。
ただし、それは単に制度を導入すれば実現するものではない。
必要なのは、職務を基準に報酬を考えること。
ローカルマーケットを尊重すること。
そして、本社が管理すべきガバナンスと、現地に委ねるべき裁量を明確に分けることである。
グローバル報酬制度とは、世界共通の給与表を作ることではない。
グローバルに共通する判断軸を持ちながら、ローカルで合理的に運用できる仕組みを設計することである。

