報酬制度改定の現実

報酬制度改定は、しばしば人事制度の問題として語られる。 成果主義を導入する。年功的な昇給を見直す。評価と報酬の連動を強める。若手や中堅に報いる制度に変える。

もちろん、これらは報酬制度改定における重要な論点である。しかし、実際の企業現場では、報酬制度改定の背景に、より経営的な事情が存在することが多い。

それは、販管費の再配分であり、運転資本の改善であり、将来投資に必要なキャッシュの確保である。


もちろん、そのような文脈で人事コンサルタントに声がかかることは多くない。多くの場合、依頼の表現は「成果主義の導入」「年功の廃止」「社員の活性化」「メリハリある処遇」といったものになる。

制度設計として行う作業は、大きくは変わらないかもしれない。しかし、その制度を何のために行うのか、社員にどう説明するのかは、背景にある経営文脈によって大きく変わる。


経営側の本音は、おそらくこうである。

今まで通りの報酬上昇は約束できない。しかし、努力と貢献にはできる限り報いたい。やる気と創意工夫に満ちた社員を、これまで以上に登用していきたい。

しかし、これを単に「給与制度改定」として伝えても、特に20代から40代の社員には届きにくい。社員から見れば、次のような疑問が残るからだ。

  • どこで創意工夫を発揮すればよいのか。
  • 最大限報いると言っても、いつ、どのような形で報われるのか。
  • これは結局、給与を上げにくくする制度ではないのか。

ここに、報酬制度改定の難しさがある。


人件費を見直すということは、経営側に販管費を圧縮したい事情があるということである。多くの企業において、人件費は販管費の大きな割合を占める。したがって、経営改善の観点から人件費に目が向くこと自体は不自然ではない。

しかし、人件費だけを切り出して報酬制度を見直すと、社員には「会社は給与を抑えたいのだ」と伝わってしまう。

だからこそ、最もリスクが少ないのは、報酬制度改定を全社業務改革の一環として行うことである。


例えば、目標を「運転資本の改善と販管費の再配置」と置き、人事だけでなく、総務・IT・購買・物流・営業・財務・事業部門がそれぞれ見直しを行う。そこに聖域はない。

部門見直し対象
人事報酬制度
総務テナント、社用車、保険、通信費
ITサーバー、クラウド、ソフトウェア、保守費
購買外注費、業務委託費、派遣費、購買単価
物流在庫、倉庫費、配送費
営業販促費、交際費、値引き、販売条件
財務売掛金回収、支払条件、資金調達先
事業部門低収益商品、低採算顧客、不要業務

この中に報酬制度改定が位置づけられれば、社員へのメッセージは大きく変わる。

給与だけを見直しているのではない。会社全体でキャッシュの使い方を変えている。固定的に出ていく支出を抑え、成長につながる領域へ原資を振り向けようとしている。

そう伝えることができる。


さらに重要なのは、創出した原資を何に使うのかを明確にすることである。削減だけでは、社員に前向きなメッセージは伝わらない。

  • 新製品開発・マーケティングへの投資
  • 営業や業務生産性を上げる仕組みへの投資
  • 福利厚生の一部拡充による、優秀な人材が働き続けられる環境の整備
  • 業績改善時の決算賞与・短期インセンティブ・株式連動報酬などによる重点人材への還元

ここまで示して初めて、報酬制度改定は単なる賃金抑制ではなくなる。


給与制度改定は、背景まで含めれば、人事だけの仕事ではない。

給与原資も経費も、企業のキャッシュの使い方という点では同じ経営資源である。給与だけを見直せば賃金抑制に見える。しかし、全社でキャッシュの使い方を変え、その原資を成長投資と人材定着に振り向けるなら、それは成長再投資の改革になる。

報酬制度改定とは、給与を下げるための制度ではない。会社がもう一度、社員に報いるための原資を作る改革である。