なぜ日本企業はジョブ型雇用がうまくいかないのか?
日本企業で「ジョブ型雇用」という言葉が広く使われるようになって、そろそろ10年になります。
ジョブ型雇用とは、職務を雇用の基本単位として考える仕組みです。
人がまず企業に所属し、その後に仕事を与えられるのではなく、企業に必要な職務が存在し、その職務を担う人を採用する。
そして、その職務が大きく変わったり、なくなったりすれば、配置や雇用そのものについても改めて考えることになります。
米国を中心とした企業では、こうした考え方が長く雇用や組織運営の基本となってきました。
一方、日本では、人はまず企業に所属するという考え方が今でも強く残っています。
これは単なる東洋と西洋の経営思想の違いだけではないでしょう。
地域や共同体への帰属を基礎として社会を形成してきた歴史や、企業が雇用、人材育成、生活保障の一部まで長期的に担ってきた社会構造を考えれば、人を職務ではなく組織に所属させる仕組みには、日本なりの合理性がありました。
ジョブ型雇用では、
職務を明確にする。
職務の大きさに応じて等級を決める。
職務に必要な技能や経験を定義し、それに適した人を配置する。
考え方そのものは合理的です。
実際、米国を中心とする多くの企業では、職務を基準とした採用、配置、報酬、評価は、ごく普通の仕組みとして長く運用されています。
それでは、なぜ日本では「ジョブ型はうまくいかない」という声が聞かれるのでしょうか。
私たちは、その理由の一つは制度そのものではなく、こうした歴史的・社会的背景に加えて、日本企業が長い時間をかけて形成してきた、人と組織の関係にあるのではないかと考えています。
日本では「職能は個人、説明責任は組織」
日本企業では、社員一人ひとりの技能、知識、経験、専門性を重要だと考えています。
営業が得意な人。
技術に詳しい人。
工場をよく知っている人。
海外経験の豊富な人。
こうした職能は、明確に個人に帰属します。
一方で、仕事の結果に対する説明責任は、必ずしも一人の個人だけに帰属するとは限りません。
上司が確認する。
関係部門と調整する。
会議で合意する。
必要であれば、さらに上位者の判断を仰ぐ。
そして一度組織として決めた仕事は、周囲が助けながら実行する。
つまり、日本企業では、
職能は個人に属する。
説明責任は、より広く組織が負う。
という構造が長く機能してきたように思います。
そしてこれは、長期雇用を前提に、企業と社員が相互に一定の責任を負いながら働いてきた日本型経営とも非常に相性が良い仕組みでした。
これは必ずしも非効率な仕組みではありません。
個人の役割の境界を多少曖昧にする代わりに、組織として十分な準備を行い、実行段階では互いに不足を補完する。
製造、品質、顧客対応など、失敗した場合の影響が大きい仕事では、非常に強い経営の仕組みでもあります。
しかし、ジョブ型では少し考え方が変わります。
職務には説明責任が伴います。
「この職務は何をするのか」だけでなく、
「この職務を担う人は、何に責任を負うのか」
まで明確にする必要があります。
つまり、日本企業がこれまで組織として引き受けてきた説明責任の一部を、職務、そしてそれを担う個人へ移す必要が出てきます。
職務記述書を作ることはできます。
職務等級を作ることもできます。
しかし、説明責任の持ち方まで変えることは、人事制度の変更だけではできません。
ここに、日本企業がジョブ型を導入するときの難しさがあります。
成果主義から始まった日本型のジョブ型
もう一つ、日本におけるジョブ型の成り立ちを考える必要があります。
日本企業が現在のジョブ型へ向かう前には、バブル崩壊後の長い経済低迷と、成果主義の導入がありました。
企業収益が圧迫される中で、年齢や勤続年数によって人件費が上昇していく従来の給与体系を見直し、個人の成果をより強く処遇へ反映しようとする動きが広がりました。
ここで起きたのは、必ずしも欧米型のジョブ型への転換ではありません。
むしろ、
組織で負っていた成果責任を、個人にも割り当てる。
という変化でした。
個人ごとに目標を設定する。
数値目標を置く。
その達成度を評価する。
そして評価を給与や賞与へ反映する。
日本企業は、職務そのものを個人に帰属させる前に、まず成果責任を個人に帰属させようとしたとも言えます。そして後にそれらを処遇に結び付け
職務等級や職務給、ジョブ型という考え方が広がっていきました。
しかし、組織の動かし方や人事権、仕事の与え方まで同時に欧米型へ変わったわけではありません。
そのため、日本のジョブ型では、
職務は定義する。
成果は個人に求める。
しかし仕事そのものは、依然として組織で動かす。
という独特の形が生まれました。
職務記述書についても、必ずしも日々の仕事を細部まで規定するために使われてきたわけではありません。
特に大企業では、職務評価によって職務の大きさを測り、外部の給与市場と比較し、職務等級や報酬水準を決めるための基礎資料として整備されるケースも多くありました。
その過程では、大手コンサルティング会社などが持つ共通の職務評価手法や書式が利用されるため、企業が違っても職務記述書の構成がよく似たものになることがあります。
しかし、職務記述書を整備することと、その職務を担う人が自ら判断し、その結果について説明責任を負うことは同じではありません。
ここにも、日本型のジョブ型が抱える一つのギャップがあります。
新卒一括採用とジョブ型は、そもそもの思想が違う
もう一つ見逃せないのが、日本企業の人員構成です。
日本企業は長い間、新卒社員を一定数まとめて採用し、入社後に配置し、異動やローテーションを通じて育成する仕組みを作ってきました。
採用時点では、
「どの職務を担当するのか」
よりも、
「将来、会社の中でどこまで成長できそうか」
を見る。
これは職能型、あるいはメンバーシップ型の人材形成とは非常に相性が良い仕組みです。
一方、ジョブ型では、本来、職務が先に存在します。
必要な職務があり、その職務に必要な技能、経験、知識を持つ人を採用する。
職務が先にあり、人を当てる。
という順序です。
ところが、日本型の新卒一括採用は、
まず人を採用し、育成し、その後に仕事を与える。
という考え方です。
大学を卒業したばかりの社員に、完成された職務遂行能力を求めることには限界があります。
もちろん、新卒者を特定の職務を前提として採用し、育成していくことは可能です。
しかし、日本企業が長く行ってきた新卒一括採用、一括配置、長期育成とは、そもそもの考え方が異なります。
したがって、日本企業が完全なジョブ型へ移行しようとすれば、制度だけでなく、人員構成や人材調達の方法そのものを変える必要があります。
新卒一括採用の比重を下げる。
経験者採用を増やす。
会社主導の異動だけでなく、社内公募を増やす。
必要な技能を持つ人を外部の労働市場から採用する。
不要になった職務や、その職務を担っていた人をどう扱うかも考える。
これは単なる人事制度改革ではありません。
企業がどのような人材を、どこから、どの段階で調達し、どのように育てるかという、人員構成そのものを変えることです。
当然、時間がかかります。
日本企業に必要なのは「純粋なジョブ型」なのか
一方、日本では労働人口が減少し、多くの企業で社員の年齢構成も変わりつつあります。
若年層が減少する一方で、企業の中には豊富な技能や経験を持ったベテラン社員が蓄積されています。
ここには、むしろジョブ型を活用できる余地があります。
一定の経験と専門性を持つ社員については、
職務を明確にする。
説明責任を明確にする。
専門性や市場価値を処遇に反映する。
必要に応じて、別の職務やポジションへ移動する。
こうしたジョブ型の考え方は非常に合理的です。
一方、これから技能や経験を身につける新卒社員や若手社員に対しては、最初から狭い職務に固定するよりも、
複数の仕事を経験させる。
基礎的な職能を身につけさせる。
本人の強みを見ながら配置を考える。
という従来型の育成モデルにも、依然として意味があります。
そう考えると、日本企業にとって現実的なのは、すべてをジョブ型へ置き換えることではないのかもしれません。
たとえば、
経験を積んだ人材にはジョブ型。
若手人材には職能型。
という組み合わせです。
若いうちは職能を育てる。
経験を積み、専門性や役割が明確になってきた段階で、職務を基準とした仕組みへ移行する。
そして管理職や専門職など、一定以上の水準では、職務と説明責任を明確にする。
これは、日本企業がこれまで培ってきた人材育成の強みを残しながら、ジョブ型の利点を取り込む一つの方法です。
しかも、人が減りつつあるこれからの日本企業では、この組み合わせは単なる妥協案ではありません。
若手を時間をかけて育成しながら、すでに蓄積されているベテラン社員の技能、経験、専門性を、より明確な職務と責任に結びつける。
これは、人材が豊富だった時代とは異なる、新しい人員構成に適した仕組みになる可能性があります。
あと10年必要なのかもしれない
日本でジョブ型の議論が本格化して、まだ10年程度です。
ERPなどの基幹業務システムや、グローバルな業務標準が日本企業に定着するまでにも、長い時間がかかりました。
ジョブ型についても、最初の10年は、職務等級、職務記述書、報酬制度といった「仕組みを導入する期間」だったのかもしれません。
これから必要になるのは、
誰が職務を定義するのか。
誰が人を採用するのか。
誰がリスクを取るのか。
誰が結果について説明責任を負うのか。
どこまで個人に判断権限を与えるのか。
そして、どの社員までジョブ型の対象にするのか。
という、経営やマネジメントそのものの議論です。
日本企業が米国型の雇用モデルへ完全に変わる必要はないでしょう。
一方で、従来の職能型だけで、これからの人材不足や専門性の高度化に対応することも難しくなっています。
必要なのは、「ジョブ型か、職能型か」という二者択一ではなく、
どの人材に、どの段階から、どの程度まで職務と説明責任を持たせるのか。
という設計なのではないでしょうか。
日本型のジョブ型は、まだ完成していません。
最初の10年で制度を取り入れた。
これからの10年で、日本企業の人員構成、育成、マネジメント、そして説明責任のあり方に合わせて、それを使いこなしていく。
日本型のジョブ型の本当の姿が見えてくるのは、むしろこれからなのかもしれません。

